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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)754号 判決

控訴人 柏熊恒

被控訴人 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金二五五、〇〇〇円及び内金一八〇、〇〇〇円に対する昭和三六年六月二九日から、内金七五、〇〇〇円に対する昭和三七年二月二三日から各支払済にいたるまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、原判決の事実摘示と同一であるからこゝにそれを引用する。

理由

成立に争いのない甲第八号証と原審証人金仁玉の証言とによれば、控訴人は昭和三二年五月八日訴外田中清堯からその所有にかかる東京都品川区大井南浜川町所在の宅地を賃料一ケ月一〇、〇〇〇円前払の約定で賃借し、地上に木造トタン葺平家トタン張り一棟建坪四七坪二合五勺の建物を建築所有し、昭和三四年一〇月初頃訴外田中幸夫こと金仁玉に対し右建物を演芸場として使用する約束で賃料を一ケ月一〇、〇〇〇円と定めて賃貸したことを認めることができ、この認定を動かし得る証拠はない。

次に、昭和三四年一一月九日田中清堯が東京地方裁判所に対し控訴人及び金仁玉を債務者として右建物の収去及び退去による右土地明渡請求権の執行保全のため右建物につき仮処分を申請し、同月一〇日「債務者等の右建物に対する各占有を解いて債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者らにその使用を許さなければならない。但しこの場合においては執行吏はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとるべく、債務者らはこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。」との仮処分命令を得て、同月一一日執行吏に委任して金仁玉に対し右仮処分の執行をしたこと、ところが同年一二月一四日同裁判所執行吏代理林芳助は金が右建物の現状を変更したものと認めて金を同建物から退去させてその内に存置してあつた金所有の動産を建物外に搬出して建物に封印をなし、金の使用を排除して同建物を執行吏の直接保管にしたこと、金は右排除行為につき同裁判所に執行方法に関する異議を申立て昭和三六年一〇月五日右排除行為を許さない旨の裁判を得、債権者田中のこれに対する抗告も昭和三七年一月二〇日東京高等裁判所によつて棄却されたので、金は同月三一日右排除行為の取消しを受けて建物の使用を回復したことは、何れも当事者間に争いがない。

次に当裁判所は、原判決と同様の理由により、本件仮処分の執行後本件建物には右仮処分命令により禁止された程度の現状変更が金の手によつて施されたものと認めるから、ここに原判決の理由中該当部分(原判決一五枚目裏三行目から一八枚目裏三行目まで)の記載を引用する。

そこで、右の現状変更を理由として金の本件建物使用を禁止し同人を本件建物から退去させた執行吏代理の行為について検討する。本件仮処分命令が債務者に対し本件建物の現状を変更することを禁止し且つその現状を変更しないことを条件として債務者の使用を許容しているものであることは明かである。しかし、更に進んで、本件仮処分命令が、右のような現状変更があることを条件として、債務者に本件建物から退去すべきことを命じ、若くは執行吏に退去を強制する権限を付与したものであるかどうかはその文言上必ずしも明かでない。そしてこの点に関しては、本件のような仮処分命令はこれを右のように解しなければ仮処分の本来の目的を達することができないこと等を理由とする積極説と、この種仮処分における執行吏保管の性質や現状変更の有無の認定の困難等の点からいつて現状変更を理由として執行吏が債務者の退去を強制することは許されず仮処分命令の文言をそのように解することはできないとする消極説とが鋭く対立していること、及びこの点についての執行実務上の取扱いも区々に分れ、本件における林執行吏代理の属する東京地方裁判所管内においては従来前記積極説にしたがつた取扱いがなされていたことは、何れも当裁判所に顕著なところである。このような事情の下で債権者の委任を受けた執行吏が仮処分の目的物に現状の変更ありと認めた場合に前記積極説の見解にしたがつて債務者を目的物から退去せしめたからといつて右執行吏に未だ国家賠償法第一条第一項にいわゆる故意過失があるものとはいえないと解するのを相当とする。

これを本件について見るに、林執行吏代理は本件建物に仮処分によつて禁止された現状変更が行われたものと判断し(その判断を相当とすべきことは前示のとおりである。)た上、本件建物からの債務者の退去を強制したものであるから控訴人主張のその余の点をすべて判断するまでもなく控訴人の本訴請求は理由のないこと明かでありこれを棄却した原判決は相当とすべきである。よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大場茂行 下関忠義 秦不二雄)

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